【新報クラブ】

過去、何度も報道をされ、市民から訴訟も起こされながら、大津市や自治連合会の不適切な公金使途は改まらない。

ジャーナリストの宮武外骨も、かつて、官僚の不正を嘆いていたことがある。宮武外骨だったら、どうするのか。宮武流の追及の仕方を伝授してもらおう。明治35年の「滑稽新聞」の記事を引用する。滑稽新聞によると、「俗官が眼玉を丸くするくらいの記事を満載せなければ、社会の実益を計ることは出来ぬ」としている。滑稽新聞第18号では、不都合な事実を報じられた時の役人の顔を、絵を使い、巧みに表現している。お見事。

↓宮武外骨が書いた明治35年の「滑稽新聞」の記事より

社会は腐敗の上に腐敗を重ね、堕落の下にまた堕落をしているのであるから、普通平穏の忠告文メキたることやアテコスリ位では、その記事の効能が現れない、面の皮の厚い奴が多いのであるから、法律の許す限りは極めて過激に、極めて痛酷にやらねばならぬ。それで、ようやく明治30年前頃のアテコスリしか無いのである。社会の制裁力が弛んでいるだけに記事に筆鋒は過激にやらねばとても実効を奏することはできぬ。いつも俗官が眼玉を丸くするくらいの記事を満載せなければ、社会の実益を計ることは出来ぬ

【滑稽新聞第18号より】
タイトル:「役人が滑稽新聞を見る顔」